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気学とは何か|九星気学との違いと人生への活かし方

「気学」や「九星気学」という言葉を見聞きして、自分にどう関係するのだろうと感じたことはありませんか。

この記事では、気学とは何か、よく似た言葉である九星気学とは何が違うのか、そして気学で具体的に何が分かり、暮らしにどう役立つのかを、順を追って説明します。

あわせて、私自身が気学において健康をとりわけ重視するようになった理由も、後半でお話しします。気学を初めて知る方が、その輪郭をつかめるように構成しました。

気学とは何か

気学(きがく)とは、生年月日をもとに人の生まれ持った性質や運気の流れを読み解き、方位や暦を活用して人生をより良い方向へ導こうとする、東洋の実践的な学問です。古代中国で生まれた陰陽五行や易経の思想をルーツに持ち、日本で独自に発展してきました。

気学の中心となるのが「九星(きゅうせい)」です。九星とは、一白水星・二黒土星・三碧木星・四緑木星・五黄土星・六白金星・七赤金星・八白土星・九紫火星の九つを指します。生年月日から導かれる、その人の基本的な性質を表す星を「本命星(ほんめいせい)」と呼びます。本命星は、気学において自分を知るための出発点となるものです。

気学のもう一つの柱が「方位」です。人が移動する方角には、それぞれ異なる気の作用があると考えます。なかでも、その人にとって良い気が巡る方角を「吉方位(きっぽうい)」と呼び、吉方位へ出向くことで運気を整えようとする実践は、気学を代表する活用法の一つです。

そして気学は、こうした性質や方位を「運気」という時間の流れの中でとらえます。運気とは、人やものごとに巡ってくる気の盛衰のリズムを指す考え方です。

いつ動き、いつ控えるか。その判断材料を与えてくれる点に、気学の実践的な特徴があります。

なお、東洋思想でいう「氣(き)」とは、万物を構成し、絶えず巡っているとされるエネルギーのことです。
気学はこの氣の流れを、人の生き方の指針として読み解く学問だといえます。

「気学」と「九星気学」との違い

「気学」と調べると、必ずといっていいほど「九星気学(きゅうせいきがく)」という言葉に出会います。この二つはしばしば同じ意味で使われますが、整理しておきましょう。

九星気学とは、九星を用いて運勢や相性、方位の吉凶を占う体系を指します。大正時代に園田真次郎(そのだ しんじろう)が、九星術・易学・十干十二支・方位学などを統合し、一般の人にも分かりやすい形にまとめ上げました。これが今日「気学」あるいは「九星気学」と呼ばれているものの土台です。

つまり、気学と九星気学は本来ほぼ同じものを指しています。

歴史的には「気学」という呼称が先にあり、九星を用いることを強調する文脈で「九星気学」という言い方が一般化しました。現在では、九星の運気循環と方位の活用を中心に据えた占術を「九星気学」と呼ぶのが一般的です。

ただし、同じ気学でも、どこに重点を置くかは流派や実践者によって幅があります。

九星と方位を用いた開運を中心とする立場もあれば、十干十二支や易学まで踏み込み、より多面的に人を読み解こうとする立場もあります。後者は扱う範囲が広く、深く学ぶほど奥行きが増していきます。本記事の後半でお話しする私自身の実践も、この多面的な立場に根ざしています。

気学で分かること|運勢・人間関係・健康

気学を用いると、具体的に何が見えてくるのでしょうか。ここでは代表的な三つの領域を紹介します。

①運勢・運気の流れ

本命星と暦を照らし合わせることで、自分の運気が今どの周期にあるのかを把握できます。

気学では運気を、種をまく時期・育てる時期・収穫する時期・休む時期といったリズムでとらえます。積極的に動くと良い時期なのか、静かに力を蓄える時期なのかを知ることで、行動のタイミングを計りやすくなります。吉方位への移動を運気の調整に用いるのも、この領域の実践です。

②人間関係・相性

本命星には、それぞれ異なる性質があります。

たとえば水のように柔軟な星、土のように安定した星、火のように情熱的な星といった具合です。自分と相手の星の性質を知ることで、なぜ価値観がすれ違うのか、どう接すれば円滑になるのかを客観的に考える手がかりが得られます。気学における相性とは、優劣ではなく、性質の違いを理解するための視点です。

③健康の傾向

気学では、九星や五行が身体の各部位や臓腑と対応すると考えます。

そのため、自分の本命星から、心身のどこに負担がかかりやすい傾向があるのかを、あらかじめ意識しておくことができます。これは医学的な診断ではありませんが、自分の体質の傾向を知り、日頃の養生のヒントとする使い方ができます。
このように気学は、運勢・人間関係・健康という、暮らしに身近な領域を一つの体系で見渡せる点に特徴があります。そしてこの三つ目の「健康」こそ、私が長年かけてとりわけ重視するようになった領域です。その理由を、ここからお話しします。

なぜ私の気学では健康を重視するのか

専門用語を少し脇に置いて、私自身の話をさせてください。

私が気学を学び始めたのは、1970年代の後半でした。当時は「九星気学」という言葉すらあまり耳にせず、ただ「気学」と呼ばれていた時代です。私は東京・荻窪で、創始者・園田真次郎の直系のご子息である矢島滋樹先生に師事し、九星や方位だけでなく、十干十二支や易学までを含めた気学の全体像を学びました。

長く鑑定を続けるうちに、私はずっと一つの疑問を抱えていました。

同じように学び、同じ開運法を実践しても、運気がぐんぐん好転していく人と、何も変わらない人がいる。その違いはどこにあるのか。

気学を通じて出会う多くの方々を、姿勢、顔色、歩き方、身体つきにいたるまで、ひたすら観察してきました。

すると、分かれ道はとてもはっきりしていました。

健康かどうか。ただ、それだけだったのです。

実はこの確信には、その何十年も前に刻まれた原体験がありました。

私が健康を重視するようになった原点

三十代の後半、私は中国でビジネスをしていました。1980年代、日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた繁栄の真っただ中。誰もが豊かさに浮き立ち、どこか地に足のつかない高揚感が街に満ちていた時代です。

一方の中国は、まだ発展途上にありました。大都市でも停電が珍しくなく、人々の暮らしは質素そのものです。けれど、そこで日々の生活を切り盛りする女性たちを見て、私は強く心を動かされました。彼女たちは、両足で大地をしっかりと踏みしめて生きていたのです。

豊かで便利になった国で、私たちはいつの間にか「浮き足立って」しまったのかもしれない。地に足をつけて生きる人の強さを、私はその時、目の当たりにしました。「人のチカラは、足に宿る」。これはどこかの経典の受け売りではなく、自分の目で見て掴んだ確信でした。

「氣」という概念を改めてかみしめたできごと

「氣」という言葉の重みを思い知った経験もあります。

上海でのビジネスがうまくいかず日本へ引き上げた後、私は司法通訳派遣の仕事に携わりました。日本で起訴された外国人の法廷通訳を手配する事業です。その現場で、強く印象に残る事案がありました。西洋人が日本の気功治療を受け、「何も変わらなかった」として代金の返還を求めた一件です。

施術者は患部を切るわけでも、薬を出すわけでもなく、ただ「氣」を送る。

その効果を法廷で説明しようとして、私は気づきました。「氣」にぴったり当てはまる外国語が、ないのです。「お元気ですか」は英語で How are you、中国語で「ニーハオマ」。訳語がないということは、その概念そのものが文化に根づいていないということでした。

日本人ですら説明に詰まるこの「氣」を、私はいつの日か、量子力学や脳科学がいつか解き明かしてくれるのではと、密かに楽しみにしています。

こうした経験が、私の実践の核になっています。

足踏みセラピーが生まれた理由

五十代の頃、東京・青山で妻の事業を手伝っていました。ちょうど東京2020オリンピックの招致が決まり、オフィスは連日多忙を極めていました。

その渦中で、編集長とデザイナーの二人が相次いで激しい腰の痛みに見舞われ、ついには杖をつかなければ歩けないほどになってしまったのです。鍼灸院もクリニックも巡りましたが、思うように回復しません。

見かねた私は、休憩スペースで二人に施術を行いました。最初は怪訝そうにしていた二人も、痛みから解放されたい一心で身を委ね、やがて施術の途中でうとうとと眠ってしまったほどでした。そして施術のあと、二人とも、ついてきた杖をオフィスに置いて、いつもの足取りで帰っていったのです。

痛んでいたのは腰でした。けれど本当の原因は、連日の極度の緊張が引き起こした臀部(おしり)の深い凝りにありました。

近年では、こう考えられています。強いストレスは体液の循環を妨げ、疲労物質が筋膜のあいだに滞る。すると筋膜どうしが癒着し、本来なめらかなはずの筋肉の動きが妨げられて、歩くたびに痛みとなって現れる、と。

私の施術は、その滞りと癒着を足裏でゆっくりほぐし、氣のめぐりを取り戻していくものでした。今でいう「筋膜リリース」に近い考え方ですね。

「足踏み」と聞くと足裏を揉む施術を想像されるかもしれませんが、私のものは少し違います。

施術者が自分の足裏を使い、相手の身体の要所を踏みほぐしていく。

狙うのは一つの部位ではなく、中医学の五行と経絡に沿って、身体全体の氣をめぐらすものです。この一連の経験から生まれた施術を、私は今「足踏み開運セラピー」と名づけています。身体の滞りをほぐすことが、そのまま運気の流れを取り戻し開運につながる。そんな確信を込めた名前です。

なぜ健康が開運につながるのか

ちなみに、お二人のその後ですが、女性の編集長は地方自治体のインバウンド観光の担当部長として活躍され、男性のデザイナーは欧州のデザイン会社で大いに腕をふるわれました。

私の一度の施術が人生を変えた、などと申すつもりはありません。ただ、ご自身の不調を「氣の滞り」として自覚されたことが、何かを動かすきっかけになったのではと、密かに思っています。

どんなに良い運気の波が来ても、それを受け取るあなた自身が整っていなければ、せっかくの氣は素通りしてしまう。だからこそ私の気学は、暦や方位で運気を読むと同時に、その運気を受け取る器である「身体」を何より大切にするのです。

私が伝えたいこと

最後に、ひとつだけ。あなたが生まれ持った身体や性質には、意味があります。

これが「宿命」です。

そしてその宿命を、惜しまず使い切って生きていくことが「運命」、文字どおり命(メイ:天の使命)を運ぶことだと、私は考えています。

どんなギャンブルでも、配られた手札に愚痴をこぼすだけでは勝負になりません。生まれ持った性質は、あなただけの手札です。その札をどう活かし切るか。そこにこそ、人生の醍醐味があるのではないでしょうか。

目標にたどり着けば、また次の目標が見えてくる。だから人生は、いつまでも「未完」です。

けれど私は、その未完こそが、人がいつまでも瑞々しくいられる秘訣だと思っています。陰陽五行や易学を四十年学び、人を観てきてなお、学び足りない私自身が、そう実感しているのです。

 もっと深く知りたい方へ

この記事でお伝えしたのは、気学という広大な世界のほんの入口です。

ご自身の本命星や、今めぐっている運気の流れを具体的に知りたい方は、無料相談を承っています。あなたの生年月日から、生まれ持った性質と、これからの運気の流れを読み解きます。

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この記事を書いた人

青山学院大学経営学部卒業後、実父が運営する会社で経営に携わる。25歳の時に父の薦めで会社運営の傍ら、
日本の気学の宗祖 “園田真次郎師” の直系ご子息”故・矢島滋規氏”より、陰陽学、易学、九星学、十干十二支学を基本とする氣學を学ぶ。
その後、父の急死から、企業経営を継承し、45歳を機に「氣學」研究をさらに深める。
従来の氣學に、中医学(経絡)や筋膜リリースの要素もも研究に加え、易学と四柱推命も合わせた「気学教室」、「五行セラピーセミナー」などを、東京・シンガポールで開催の実績あり。
占い師養成スクール講師、個人鑑定歴は25年以上に及ぶが、占い師に頼らない潜在意識への“気付きツール”、また医薬に頼らない”家庭の養生法”として、すべての人に氣學を身に着けていただきたいと言う思いから、わかりやく氣學を解説するように心がけている。
現在は秋田県に在住。